ちょうど1週間前に放送されたEテレ「クラシック音楽館」~タルモ・ペルトコスキ指揮トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団演奏会を、ほぼ毎日、一生懸命見ている(笑)。
メイン・プログラムがマーラーの交響曲第6番。いくら聴いてもワケ分からない交響曲なので困っている。この作品は、けっこう巨大な悲劇を一般の人々でも疑似体験できるよう、いや、疑似体験するために作曲されたものだと思うのだが、今の時代でも大概の人々はそれなりの悲劇を、もうそれぞれ実体験しており、このような音楽はそもそも不要なのではないかと思いつつ。それにしたって、作品全体として辻褄は合っているのだろうか?なんだかさっぱり分からないのだ。と思ったり。って、えばっていう事じゃねえが。
マーラーの前にラフマニノフ「パガニーニの主題による狂詩曲」が演奏されており、ピアニストが辻井伸行。ああこっちの方がよっぽどええわ(笑)。曲も演奏も最高である。辻井伸行の演奏に接し、これはイマイチだなあと思ったことなどない。
だがしかし、辻井/タルモ・ペルトコスキのラフマニノフを鑑賞しているうち、ふつふつと(笑)、別の演奏が頭をよぎってきて収まらなくなってしまった。それは辻井とは真逆の演奏スタイルだが。私は2023年6月18日放送の「クラシック音楽館」を録画してる円盤を探した。N響第1982回定期公演だ。同じ曲をマリー・アンジュ・グッチというピアニストで演奏している。これが信じられないくらい、良い。
例の箇所:
非常に感動的な箇所だが、ただ情熱的に美しく弾くだけではダメなのだ。
左手はこのように、ゆったりと優しく弧を描かなければならない。なぜなら、この第18変奏も、他の部分と同様、悪魔的である必要があるからだ。「悪魔的」に感動的でなければならないのだ。魔力を醸し出さなければ。『のだめカンタービレ』で、聴衆がよだれを垂らして陶酔してる描写があるが、そーゆー感じの。
そして私はようやく気づくのである。そーか、だからマーラーの交響曲第6番の前にこの曲が置かれているのかと。セットだったのね。
私は台風に備え、今年の3/7の「サタプラ」でやった〈試して冷凍和風パスタ〉を参考に、冷凍パスタを買ってくるのであった。
TVアニメ『鉄鍋のジャン!』(第1部) 完走。津田健次郎の新たな可能性を見た(聞いた)。これでもまだ抑えてるんだろうなあ。。
朝食:

納豆に少しネギが多すぎるように見えますが・・・

よく混ぜれば、ほら大丈夫。

こわくない、こわくない。
晩飯(笑):

カボチャ祭り