今朝の朝日新聞に先日の将棋名人戦第3局の解説が載っていて。やはり☖4五歩という手が尋常じゃない一手だったということのようである。
何もない4五の地点に、後手の藤井さんは歩を放ったわけだ。

相手の銀が利いてるので、いわゆるタダ捨てということになる。し・か・も、次に角取りとなる(笑)。
実際、糸谷九段は訝しがりながらも☗同銀と取るが、なんとこれが敗着となった、とのこと。次に藤井名人はこの銀を狙うかのように☖5三桂と打ち、もうその時点で優勢となったようである。
私にはナンノコッチャか分からない(笑)。じゃあ☗同銀と取らない順も私なりに検討してみたのだが、元々棋力ゼロだし読み進めることなど不能な有様。
ところが記事によると藤井は「よく分からないけどやってみようと」思って、☖4五歩を指したそうである。!藤井本人でさえ分からないだと?!じゃあ我々になど分かるわけねーじゃん!スゲーじゃん?!
将棋って結局、考えてもしょうがない事を考えるゲームのような気がしてきた。オセロに近いと思ってたけど、オセロなんかよりトランプめくりとかに近いのではあるまいか。最初から「偶然性」に左右される、みたいな。。
先日、4月17日にNHKで、1998年の米長邦雄と羽生善治によるA旧順位戦のドキュメント番組が再放送された。
米長は絶妙手を放ち、結果として勝ったのだが、その手の意図についてなかなか米長らしいユニークな例え話をかましている。
「説明することのできない世界」「表現することはできない」。・・・いや、そんな難しい事じゃなくて、次に相手がこう指してきたら自分はこう打とうと考えていたとか、単にそういう話が聞きたいだけなのだが。。
本当の絶妙手ってのは、意外に当の本人も説明できないものなのかね。後付けならばいろいろ言うのはできるだろうけど。
するってえと、我々は一体何を見せられているのだろう。だーれも、AIさえも解くことのできない81マスのパズルだろうか。どちらかの王様がたまたま動けなくなったら完成となるパズル。。

