『ハイスクール!奇面組』#07を見るのであった。
 霧ちゃんの回と潔くんの回である。赤塚不二夫の伝統を受け継ぐ多キャラ作品なので、いろんな登場人物にスポットを当てなければならない。が、それにしても数多あるエピソードの中から今回何故この2編が抽出されたのかを考えてみると、変態やスケベであっても「自分らしさ」「その人らしさ」を認め、互いに尊重してゆきましょうというペアリングであるのだ。素晴らしい組み合わせではないか。←すいません、たぶん少ーし違うような気がする。。


 霧ちゃんの回。
 先生に父と兄を会わせたくない霧が、友人と協力して家庭訪問を阻止しようとする話だ。原作や旧作アニメにおける「イヤイヤ家庭訪問」をベースに、「霧ちゃんは優等生」からのエッセンスなども盛り込まれている。
 原作及び旧アニメでは霧ちゃん的に何も解決しないまま終わってしまっているが、時代は令和となり、ちゃんとした希望の道筋を与えてくれるラストとなっている。なるほど、最後の先生のセリフを新たに入れたいがためにこのエピソードが取り上げられたのですね。←なんかやっぱり自信ないや(笑)。

 それはそうと、先生の現在位置を知らせ合うのに、固定電話が用いられてたのが印象的だ。スマホなんかじゃないんだね。

 新作アニメ#07より:



 旧作アニメより:



 原作(コミックス⑰)より:



 ちなみに、一堂家の電話機は、原作ではダイヤル式だけど、旧アニメではプッシュ式(死語だ!)なのな。

 旧アニメより:



 原作より:




 うむ。いろいろ味わい深い。家庭訪問かあ。俺らの頃も小学校の時はあったけど、中学校でもやってたりしてたんだっけ??記憶にないや。。



 潔くんの回。
 こちらは、原作「だから色男組の巻」がベース。旧アニメだと「潔くんのくどき方教室」という回だが、新作アニメの方が原作に忠実だったりしてるのが興味深かった。
 だがそれ以上に重要なポイントは、「正義のスケベ 出瀬潔」の回のエッセンスが盛り込まれている所だと思う。潔が妹の清ちゃんにしょーもねー「昔話」を聞かせるのだが、それがそのまま挿入されているのだ。

 新作アニメ#07より:



 しかも、原作と同じ画面構成なのである。



 旧作ではこの箇所、けっこうアニメーションっぽくしている。単なる挿話だから、ここまで動かさなくてもいいようにも感じる。


 単なるスケベなのではない。「生き方」としてのスケベなのだ。・・って、新作アニメにおいて、この「スケベが勝つ話」って果たして必要だったのだろうか?物語の流れ的に、違和感さえあるように思う。
 しかも、原作及び旧アニメにおいては、当然ながらスケベは「悪」として否定され、清ちゃんは真っ当な道を踏み出していくこととなる。新作アニメではそこがキチンと描かれてないから、清ちゃんが心配になっちゃうんだよ(笑)。

 かなり攻めてるスケベ回だったと思う。一体何度セリフの中に「スケベ」という言葉が出てきただろう(笑)。って、そーゆーふーに考える俺が「カタブツ」なのだろうか?(どうなんでしょう?)
 アレなんだよねえ、変態を描いてるアニメなんだけど、「スケベ」って変態の重要な要素ではあるものの、主人公の零くんはスケベじゃない真面目な変態だから、潔くんが「スケベ」を一手に担わなきゃならないんだよね。大変なんだよ潔くんも。タイヘンなヘンタイなんだよ。。

 『奇面組』は私の青春です!私もがんばろうという気持ちになります(笑)。いや、ホントに。

 清ちゃん活躍の2編ということだったのかな?